数学科での研究

昆虫の飛翔にみる非線形性

蝶やトンボは,翅をうまくはばたかせることで上手に飛ぶ事ができます。そのときの空気の流れは渦を巻いており,飛行機の翼の周りの流れとは ずいぶん違っています。この渦をどう使いこなすのかが,昆虫の飛翔を理解するポイントになり ます。数学的には,強い非線形を持つナヴィエ=ストークス方程式を移動境界条件の元で解く必要があり,コンピュータを用いた解析が必要となります。

ここではすこし視点を変えてみましょう。動画で見えているのは,上下対称にはばたく蝶が無重力下でどのように飛ぶのかの計算例です。はばたき運動が上下対称なので,胴体は上下に動くだけのように思えますが,しばらく経つと一つの方向に進み始めます。このような現象は「分岐」という概念で理解する事ができます。

こういう考え方は散逸系の解析など様々な分野で用いられ,現象の理解に役立つ新しい視点を与えてくれます。例えば,このモデルは初期に大きく加速しますが,しばらくたつとその機構は必要なくなります。しかしこの機構は,大きな重力がかかった場合には自重を持ちこたえるために使われることを示す事ができます。まるで自動車の変速器のようですが,渦の効果を考えるだけでこのような巧妙な仕掛けができるのです。

(ダブルクリックすると動画がスタートします。※この動画はMPEG4形式です。表示できない場合は、ご自身のPCのQuickTimeプラグインを下記よりバージョンアップしてご覧下さい。http://www.apple.com/jp/quicktime/download/


光的曲面の特異点

この動画は,平面内にある楕円からその垂線方向に光が発せられたとしたときにそれらを3次元ミンコフスキー空間内の光の集まりとして持ち上げて得られる曲面の図です。この曲面は一般に光的曲面と呼ばれる曲面の一例です。この動画では,楕円を円に変形していくと4つのツバメの尾と呼ばれる特異点(曲面の尖っている部分)がだんだん近づいて,円錐状のただ一つの特異点に退化し,また逆に4つのツバメの尾が発生する様子が観察できます。この光的曲面はアインシュタインの相対性理論において重要な役割を担う曲面でその特異点の形状は事象の地平線(ブラックホールの形や観測宇宙の境界)の形状と密接に関係しています。特異点論を応用すると,このような曲面の特異点の形状を決定することができます。

(ダブルクリックすると動画がスタートします)


整数論の世界:数の不思議の探求

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上はオイラーによって発見された等式です。これ自身面白いだけでなく,右辺の有理数部分の分子に現れる“大きな素数”は円の等分点の整数論において深い意味を持つことがクンマーによって発見されています。たとえば,素数691にたいして複素平面C上の円を691等分した点から得られる数の世界

          

を考えますと,この世界の中だけでたし算,ひき算,かけ算ができますが,(4)式の分子に691が現れていることは,普通の整数の世界と違ってZの世界では素因数分解の一意性が成り立たないこと,更に,Zの世界の複雑さを表す‘類数’と呼ばれる自然数が691で割り切れることを示唆しています。上の式の左辺に現れているのはみな有理数で,ζはどこにも現れていません。にもかかわらず,なぜ有理数の世界より大きな数の世界であるZのことがわかるのか,不思議に思いませんか?このように数に関する不思議を探求していくのが整数論の世界です。


位相幾何学の応用

一つのサンドウィッチを包丁で切って2人の子供で分けるとパンやハムの大きさの大小でけんかになりそうである。そこでうまく切って上下のパンやハムの量がすべて2等分になるようにできるでしょうか?実はパンやハムがどんな形や大きさでもそのような切り方があるのです。これはハムサンドウィッチの定理と呼ばれ,位相幾何学の不動点定理と呼ばれるものを応用して証明されるのです。良く考えると不思議な事ですね。


代数幾何学の研究

代数幾何は,一般に多項式の共通零点として定められた空間の性質を研究する。たとえば,つぎの簡単な曲線(Hessecubicという)を考えてみる。

          

mは定数で(x,y,z)はこの場合比だけを問題にし,(x,y,z)は(0,0,0)ではないものとする。こう考えるのには訳があって,こうするとC(m)という曲線は,つまり,この方程式を満たすすべての(x,y,z)の比の集合は,ドーナツの表面の形をしていて,そのために数学的にいろいろな角度から眺めることが可能になる。たとえば,具体的な関数を用いてx,y,zを表すことができる。実際,テータ関数を次のように定める。

          

x=θ0,y=θ1,z=θ2とすると,驚くべきことに,上のC(m)の方程式を満たす。ただし,mはこの場合sの関数になる。一見して分かるようにC(m)の方程式は,2種類の変換f:x→y→z→xおよびg:x→x,y→ζy,z→ζ2zを施しても不変である。ここでζは1の3乗根を表わす。また,m=0の時C(0)はxyz=0という単純な形になる。x,y,zをθkで表わすことのできる本当の理由が,このふたつの事実の中に隠されている。

それでは,なぜC(m)の方程式の中のxyzの前に3がついているのか?これはなかなか意味深い問いであり,目下のところ良い答えがない。


偏微分方程式の研究

偏微分方程式(Partial Differential Equation)の研究領域は大変広い。線型偏微分方程式の一般論が展開されるほか,物理学などのいろいろな分野の現象と関連から特徴的な非線型方程式が考えられ,それぞれに固有の動機と方法により解の構成や定性的な性質について研究されている。偏微分方程式の解の解析のためには,フーリエ解析,擬微分作用素,超関数,関数解析等の様々な解析学の理論が応用される。また,具体的な現象に即した問題ではコンピュータによる数値計算によって近似的な解析も行われる。このように周辺の数学理論を巻き込んで,純粋数学,応用数学の異なる分野の人々によってクロスオーバーな研究が行われている。しかし,それにも増して従来の方法だけではなかなか手が届かない,そして魅力的な数学的な課題があまりにも多く残されている。よって新しいアイデアと方法によってこれらの課題にトライする若い人々が望まれているところである。


関数解析学の研究

関数解析学は解析学の中でも比較的新しく開拓された分野であり,大雑把に言ってバナッハ空間論とヒルベルト空間論の2つの研究分野に分けられる。たとえば,ヒルベルト空間論は,歴史的には今世紀初めの数学者ヒルベルトによる積分方程式論の研究に端を発している。
          積分方程式の例:

(未知関数ψ(x)を求める)

そして,コンピュータの創始者としても知られるフォンノイマンによる量子力学の数学的定式化において重要な役割を果たした。このように,関数解析は解析学の分野にとどまらず物理学などにおいても必要不可欠な理論として認識されている。ここでヒルベルト空間とは,(2次元)平面や(3次元)空間といったn次元ユークリッド空間のような内積をもった空間を一般化した,無限個の座標軸をもつ内積を備えた無限次元の空間のことである。
          無限次元複素ヒルベルト空間の例:
          内積 
この意味で,関数解析とは無限次元空間自身の構造,あるいはその上の線形写像(無限サイズの行列)を解析する数学といってもよく,無限次元という未知なる世界を探求する魅力ある学問である。


応用数学の世界

数学というと高校で習う数学の印象から完成された学問と考える人も多いのですが,実際は全く違います。現代の諸科学の進歩と計算機の性能の向上によって,数学,特に応用数学はその扱う範囲を急速に拡大させています。例えば「複雑系の理論」は自然科学の最後のフロンティアといわれる「脳」などのこれまで扱われなかった複雑なシステムを対象にしています。また,「確率論」は自然界の様々な確率論的現象,例えば,ブラウン運動と呼ばれる気体中の微粒子の運動や集団遺伝学という生態学の問題,の数学的解析を扱っています。そしてこれらの諸分野のいたる所には開拓を待つ未開の荒野が広がっているのです。


フラクタル

右下の図形はフラクタルと呼ばれる図形の典型的なものです。この図形は次の簡単な操作で作ることができます(右下の図を参照)。まず,1本の線分を用意します。それに「線分の中点から全体の1/2の長さの線分を斜め45度に引く」という操作をします。その結果,図形は長さ1/2の線分3本からなっていると見なせるので,各々について同じ操作をします。さらにそこに現れる9本の線分について同じ操作をする…ということを無限に繰り返すのです。作り方から右の図形はその一部分が全体と相似な形をしていることがわかります。このようなフラクタルと呼ばれる図形は奇怪なものに見えるかもしれません。しかし,自然の中,例えば木の葉の葉脈,をよく見てみるとそこにはフラクタルを見つけることができるはずです。自然の形は決して直線や単純な曲線からなっているのではないのです。現代数学の中にもフラクタルは自然な対象として様々なところに顔をのぞかせています。