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長谷部高広

北海道大学数学教室准教授

自由確率論

主に自由確率論とその周辺を研究しています. 数学でいうと, 関数解析学・確率論が基礎になります. さらに私の場合は複素解析(特に上半平面や単位円板上の複素関数論)と組合せ論(メビウス関数など)をよく使って研究しています. 自由確率論を研究するためには, 確率論か関数解析学(作用素環論)のどちらかから勉強することになります. 量子物理を知っているとなおよいです.

量子論から出発した作用素環論(特にフォン・ノイマン環の理論)は, 確率論の一般化という側面を持っています. これは「物理量の確率解釈」と呼ばれるものと関わっています. 作用素環の元は確率変数の一般化と見ることができ, また期待値に相当する概念や確率変数の確率分布も定義されます. 作用素環と期待値の組を非可換確率空間と呼びます. さらに作用素環の元 (確率変数と呼ぶ)に対して, 「独立性」も考える事ができます. 実は非可換確率空間においては普通の独立性と全く異なる 「自由独立性」というものが現れます. 通常の独立性は「テンソル独立性」と呼んでいます. だいたいの理解としては「量子物理の数学=非可換確率空間+テンソル独立性」であり,「自由確率論 = 非可換確率空間+自由独立性」となります. 自由確率論はいわゆる純粋数学という側面が強く, テンソル独立性を基本とする量子物理とはかなり異なりますが, 量子物理(特に量子情報理論)への応用もあります. ちなみに「自由」という言葉は「自由群」や「自由生成」で使われる「自由」のことです.

典型的な私の研究のやり方は, 確率論の結果を参考にしながら, 自由確率論でどのようなことが成り立つかを調べる, というものです. 確率論の本を読んでいて「この定理は自由確率論では成り立つだろうか?」と疑問に思ったら, そこで研究が始まります. 確率論の研究は山ほどあるので, 自由確率論の問題も山ほどあります. 研究の中でよく出てくる面白い現象は, 確率論と自由確率論のどちらでも同じような定理が成立するにもかかわらず, その証明がまったく異なることです. 定理も証明も似たようなものだったらそれほど驚くことはないのでしょうが, 定理は似ている, しかし証明は似ても似つかない, というのが不思議です.

参考: 非可換確率論における独立性と無限分解可能分布. 数学70, no. 3, 296-320, 2018に掲載された論文のプレプリント版

参考: Free Probability Theory. International Conference on Mathematical and Stochastic Analysis and its Applications (Chennai, 2014年12月)における講演スライド.


研究内容の詳細

1. 自由Lévy過程と自由無限分解可能分布の研究.

確率過程の代表的なクラスとして, マルコフ過程, マルチンゲール, Lévy過程があります. これらのうち, Lévy過程は自由確率論でも定義できます. 自由Lévy過程の確率分布のことを自由無限分解可能と呼びます. 最近は自由無限分解可能分布の
単峰性がどのような場合に成り立つかを研究しています. 例えば確率論では「自己分解可能(無限分解可能の特別なクラス)ならば単峰である」という山里の定理(1978)が知られていて, その自由確率論版を証明しました.

参考: 非可換確率論における独立性と無限分解可能分布. 数学70, no. 3, 296-320, 2018に掲載された論文のプレプリント版.

参考: 自由確率論での無限分解可能性. 確率論シンポジウム(数理解析研究所, 2012年12月20日)における講演報告(増補・修正版)

2. 非可換確率空間における独立性の研究.

自由独立性の他にも色々な独立性の例が知られています. これらの概念をなぜ独立性と呼ぶのか, その理由を追求すると, 数学的に確率変数の独立性をどう定義するかという問題に突き当たります. そこで独立性をどのように定義するべきか, またどのような独立性の例があるかという問題を研究しています.

参考: 非可換確率論における独立性と無限分解可能分布. 数学70, no. 3, 296-320, 2018に掲載された論文のプレプリント版.

参考: 独立性概念とキュムラントの一般化について. 作用素・作用素環論研究集会 (大阪教育大学, 2012年11月23日)における講演報告(修正版).

3. キュムラントの研究.

確率論に出てくるキュムラントという概念があります. 数学における確率論ではフーリエ変換が便利で, フーリエ変換があればあまりキュムラントを必要としないのですが, 統計物理では便利な概念です. 1次, 2次のキュムラントは平均, 分散と一致し, また3次, 4次のキュムラントを分散によって正規化したものを歪度, 尖度と呼び, 統計学で使われます. 自由確率論においては自由キュムラントが便利でよく使われます. 私は一般的な独立性概念に対してもキュムラントを定義し, それが満たす性質を調べています. 特に西郷甲矢人氏と単調キュムラントというものを定義し, 研究しました. これまでの私の論文の中で最も簡単かつ重要な論文だと思っています.

4. フォック空間の変形の研究.

ボソンフォック空間やフェルミオンフォック空間の内積をうまく変形すると, II1型因子環, ブラウン運動の一般化, 直交多項式など, 作用素環論・確率論的に面白いものが出てきます.

参考: B型コクセター群に付随するFock空間. RIMS研究会「量子場の数理とその周辺」(2014年10月6日)の講究録(修正版)

5. ランダム行列の研究.

大きなサイズの行列の固有値を具体的に計算できることは少ないので, 通常は数値的な手法に頼ることになります. しかし行列の成分をランダムにすると, サイズ無限大の極限で固有値の分布が具体的に計算できることがあります. これまでの主な研究対象は連続スペクトルが現れるようなランダム行列でした(例えばWigner行列). そこで, 今まで調べられてこなかった(と思う)離散スペクトルのみが現れるようなランダム行列に注目して, 固有値を調べています.

参考: Free probabilistic analysis of random matrices converging to compact operators. 2015年度確率論シンポジウム(2015年12月16日)の講演(修正版)