渦の特徴付け

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アブストラクト

結晶表面上の渦巻模様の運動 大塚 岳(群馬大学)
本講演では結晶表面上に形成される渦巻模様の数理モデル化とその解析について簡単な導入を行い、これをもとに曲線で形成される「渦巻模様」とは何かを考察した。 これにはまず模様の一部である「渦巻曲線」が何かを定めなければならない。本講演では渦巻曲線を広くとらえる意味で「端点のある曲線」と定めた。 これを表現する数学的表現として、渦巻模様の現れる結晶の格子構造がらせん面の構造を持つところから、「渦巻曲線とは、らせん面と表面の交差線」なる定式化を導入した。 この定式化は界面現象の表現手法である等高線法を用いて実現され、その定式化をもとに渦巻曲線の運動を記述し、さらには曲線同士の衝突やちぎれといった特異的挙動をも表現することができた。
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時空の問題としてみる「渦」 吉田善章(東京大学)
プラズマの運動や構造を理解するために大きな課題となっているのが〈渦〉である。プラズマとは,物体と場(通常のプラズマの場合は電磁場)が共変動する系のことである。物体と場の「圧縮運動」に関する研究(衝撃波やソリトンなど)は成熟の域に達しているといってよいだろう。しかし渦(回転運動やせん断運動)の問題は未だ極めて難しい。本論では,プラズマの運動が生起する空間の幾何を渦論的に構築し,その非正準な構造を解明することを試みる。
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〈災害時経済〉Disasters-Time Economyのもとでの別様な経済秩序の生成 - 〈ミクロ出現〉からの新たな経済秩序の生成と既存経済秩序との相互浸透による別様な経済秩序形成 似田貝香門(東京大学) 
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気象における渦と渦 稲津 将(北海道大学)
グローバル気象学における惑星規模の渦と総観規模の渦の関係について、保存量である渦位を軸にして二つの見方を講演した。一つは演者が開発した新しい渦追跡手法により、渦の形状と渦の力学との関係が明らかになったこと、もう一つは伝統的な渦と平均流の相互作用の診断によって極渦の崩壊(成層圏突然昇温)が解明されたことである。後者については北大の気象学数学連携研究によって目下、積極的に進めている最新の解析も紹介した。
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宗教史における「渦動」のイメージとその機能 鶴岡賀雄(東京大学)・中島和歌子(東京大学)
「渦」のイメージは、世界の宗教史のさまざまな場面で出現している。この発表では、その特徴的なものをいくつか紹介し、それを通じて、渦・渦動というイメージがもつ思考喚起力、とりわけ広い意味での宗教的思考や実践をうながす理由を考察する。
曼荼羅(mandala)は、仏教、とくに密教の伝統において、仏の悟りの境地を視覚的に表象したものとされる。いわゆる渦状には描かれないが、とくに真言密教における胎蔵界曼荼羅では、中心に位置する大日如来から同心円状に展開する渦的運動性が含意されている。密教では、この曼荼羅を観想し、あるいは実際に描くことで、仏の境地に参入することが目指される。ジャワ島にあるボロブドゥール寺院は、巨大な立体曼荼羅でもあり、ここに参詣し実際に歩くこと自体が宗教的実践となる。
同心円ないし渦状のものとして聖なる世界を表象する事例は、仏教ばかりでなく古代から近代にいたるさまざまな宗教に見いだされる。二十世紀を代表する宗教学者Mircea Eliade(1907-86)はそうした事例を数多く収集し、「世界の中心のシンボリズム」の名のもとにその構造を抽出した。それによれば、「世界の中心」は世界を形成するエネルギーの発源点であり、そこには多くの場合、渦をなす平面とは次元を異にする垂直軸が想定される。いわゆる世界軸・宇宙軸(axis mundi)である。典型的なものとして北欧・ゲルマン神話の世界観で語られる「イグドラジル」がある。世界の中心に生えるこの巨大なトネリコの樹は、死者たちの赴く地下界、生者の住まう地上界、神々のいる天上界を貫いており、この世界軸を上下することで、天界、地上、冥界相互の行き来が可能となる。こうしたイメージはユーラシア大陸に広く見られ、記紀神話にも確認される。
同心円ないし渦状の世界を経めぐり、その中心に到達し、「この世」の地平を越えた新たな次元へと突破参入することができるとする宗教的世界観は、Dante Alighieri(1265-1321)の『神曲』に典型的に描かれている。これは中世西欧キリスト教の世界観・宇宙観の集大成とも見られる。主人公である詩人ダンテは、「地獄門」をくぐって地下の地獄界に下り、ヴェルギリウスの霊に導かれて同心円状に構造化されている地獄の各層を渦巻状に下降していく。深く下れば下るほど罪の度が増す。その極点すなわち地球の中心に、悪の極致である悪魔がいる。ダンテたちはこの極点をすり抜けて地球の反対側に出る。そこには円錐状の煉獄の山がそびえている。この世での罪の浄めの場となっている煉獄界を、ダンテたちはやはり同心円ないし渦状に上昇し、頂上の地上楽園にまで到る。すべての罪を浄め終えた霊魂はここから天国へと一挙に飛翔する。ダンテはベアトリーチェの霊に導かれてこの天界を経めぐる。天界は、当時の宇宙観を反映して、月天を最下層として諸惑星天が同心円球状に地球を包んでおり、最外殻に恒星天がある。そこを突破すると、これも同心円ないし渦状をなす神の圏があり、中心に近づくほど聖性の度合いが高まる。それは光の強度の無限の増大として描かれ、全ての中心に神自身が垣間見られる。
近世以降の西欧では、こうした渦状の世界イメージは崩壊していくが、渦とその中心における一種の相転移を想定する宗教的思想はさまざまなかたちで生まれ続けている。本発表では、十六世紀の特異な神智学者Jakob Böhme(1576-1624)の神話的・哲学的・形而上学的な世界生成論を一瞥する。近代的自然科学の急速な発展の傍らで、ベーメ的な宗教的自然観は陰に陽に命脈を保ち、十九世紀の宗教哲学者で科学者でもあったFranz von Baader(1765-1841)の稲妻による発火の理論にまでその影響は及んでいる。
さて、渦的な図像や紋様などの視覚表象は、しばしば宗教性や死生観などと関係付けられ、時代や地域、文化圏によって、さまざまな意味を見出されてきた。代表的な例としては、ケルト文化の代表的な装飾素材である渦巻紋様のトリスケル(Triskell)があげられるだろう。三つ巴状になった渦の集合であるトリスケルは、古代ケルト人のドルイド教の死生観になぞらえ、生、死、再生の象徴であると解釈されてきた。20世紀に入り、フランスのブルターニュ地方においては、民族・言語的な起源をケルトに有するという特質を示すために、トリスケルが積極的に受容、活用されるようになっている。ラディカルな民族主義運動に始まり、新異教主義(ネオ・ドルイディスム)の団体などがシンボルとしてトリスケルを使い、それに伴い、火、水、土といった新たな意味付けも生じている。
なお、現代の宗教性における実践の場においても、渦動、渦的なものの存在感を確認することができる。迷宮(Labyrinth)と呼ばれる、一本道の通路が内部を中心まで埋め尽くす構造になった図像を瞑想や祈りに使うことが、1990年代以降、アメリカを中心に広がりを見せていることは注目に値する。迷宮は古代ギリシャ神話、中世のキリスト教の巡礼など、時代によって様々な象徴的要素との潤沢な繋がりをもつ渦的な図像であり、多種多様な宗教性や需要に応えうるツールである。現代において迷宮は、迷宮の通路を歩く、あるいは指でたどるなどして、ヒーリングや瞑想のために使われていることが多い。そこには、迷宮の通路をたどり、中心部分で瞑想する、あるいは祈るという行為を通じて、各々がそれぞれの中心を精神的に探求し、変容を模索していくという構図がある。言い換えるならば、身体的・霊的な渦動(体験)であるといえるだろう。
このように、広い意味での宗教的世界観形成や実践の場で、渦のイメージはさまざまに見いだされる。その理由として、渦ないし渦動が中心に向かう(また逆に中心から発生する)円環状の運動であること、それによって、ある平面の全体を一点に収斂させ、その特異な一点において、もとの平面とは質的に異なる次元を何らかの意味で思考可能にする、ということが考えられる。およそ宗教的世界観とは、なんらか「この世(内在)」の地平と質的に異なりながら、「この世」に支配的に関与している「あの世(超越)」の地平を想定するものであることが多いからである。
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自然哲学における渦のテーマ 朝倉友海(東京大学)
本発表では、古代原子論哲学における渦のテーマが現代差異論哲学においてどのような変貌を遂げているかを分析することで、渦の哲学的考察を可能にする一つの解釈方法を提示する。哲学においては自然とりわけ宇宙生成の説明において渦のテーマがしばしば扱われてきたが、このような発想のおおもとを辿れば、古代ギリシアの自然哲学、とりわけ古代原子論哲学へと辿り着く。ところで、古代哲学を振り返ることはある問題設定、一言で言えば「プラトニズムの転倒」として表現される問題設定と結び付く作業となる。ミシェル・セール(1930-)による渦を中心にすえた古代原子論解釈、およびドゥルーズによる微分法的=差異論的な哲学理論は、このような観点から理解されねばならない。そして、両者を総合するならば、渦のテーマは現代哲学においてもまた不可欠となるであろうことが導き出される。ところが実際には、渦をめぐる理論は現代哲学において重要な位置を占めているとは言えず、ここに渦の哲学的扱いをめぐる大きな困難が見て取れる。この困難を解消するために、本発表では、渦のテーマに対応する「隠れた渦」を見出すことで、形象化されない渦動の理論として現代哲学を解釈する方法を提示する。以って、哲学において渦のテーマを扱うことを可能にする諸条件を明らかにする。
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心臓突然死の数理モデルの新しい展開 大坂元久(日本獣医生命科学大学)
不整脈の発生には2つの要因、自動能の亢進と伝導の不均一性が必須である。最も不整脈が発生しやすい条件は心筋虚血状態のときである。心臓に酸素を運ぶ冠状動脈の血流が一過性に減少(狭心症)または途絶(急性心筋梗塞)すると、心筋細胞内のミトコンドリアでのATP産生低下→Na+-K+ポンプの作動低下→細胞内Na増加→Na+-H+交換亢進→細胞内アシドーシス→細胞外液からCa2+流入→心筋細胞の自動能亢進、という一連の反応がただちに起こる。それと並行して縦方向に配列している心筋同士の介在板のgap junctionの減少・不均一な伝導遅延、心筋の横方向のgap junctionの発現が起こって膜電流の異方向性が誘発され、興奮性の不均一性が生じる。ある方向からの伝導は伝導障害が著しい箇所で途絶するが、伝導しやすい方向に伝導しここを通過しているうちに伝導障害が著しい箇所が不応期を脱しているとUターンしてこの箇所を興奮させる。この興奮波は閉じた経路を300回/分以上の高周波数で回転しリエントリーという状態を形成する。これが心室頻拍という心室細動の前段階である。
致死性不整脈である心室細動や頻拍の発生・持続にスパイラル波のリエントリーが重要な役割を果たしている.膜電位感受性色素を用いた心筋活動電位の光学マッピング(optical mapping)法は,心臓における興奮波伝播を高い分解能で記録することができ,spiral waveの解析に有用である.心室頻拍は、2次元平面に展開した心筋シートに高頻度連続電気刺激を加えると発生させることができる。興奮性の不均一性によってスパイラル波は不安定化して細かく分裂して細動化する。これを興奮性媒体で起こる反応拡散方程式で説明しようとするモデルの報告が多数ある。これらのモデルのうち2変数への縮約方程式が定性的な探求にたいへん有効であると筆者は考える。膜電位を速い変数、K+イオンのgate変数を遅い変数として扱うFitzHugh-Nagumo方程式が一般的であるが、これは神経の膜電位モデルの心筋への踏襲である。心筋においては遅い変数として神経とは別の候補があると考え今回提案したい。その結果2次元プラナー進行波の議論に展開できるという利点・発展性がある。
境界における流体の渦の生成について 前川泰則(神戸大学)
本講演では,境界上での流速を0とする,いわゆるno-slip境界条件の下で水などの流体の運動を考察する。このような流れにおいては,理想流体の場合とは異なり,一般に境界上で渦が生成される。その様子を再現した既存の数値シミュレーションの結果などを紹介しつつ,関連する数学的な課題等について述べる。
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