大学だより‐北海道大学‐ 東屋五郎

日本数学会編集 岩波書店「数学」第20巻第4号 1968年10月秋季号P.48 (P.240)より
著者の許可の下に掲載(平成19年5月3日)

北海道大学北大数学教室が昭和5年に創設されて以来38年を経た.この期間を二分する昭和24,5年に教室の全スタッフがstand upするという紛争があり,結局河口商次教授のみが残られて教室が解散した.この年を境にして教室の歴史は前後半に分けられるといってよいであろう.27年に中野秀五郎教授が赴任され,強力に教室の再建に着手され,ついで泉信一教授および私も迎えられて,教室は新しく発足したが,36年以来中野教授が米国に流出され,前後して泉教授もまた教室を去られたのは残念なことであった.その後38,9年にわたって雨宮,白田両教授を迎えることができたが,41年には河口教授が停年のため惜しまれつつ退職された.他方時を同じくしてかねてから申請中であった数学教室の改組拡充が正式に決定された.従来の4講座以外に3講座が新設され,計7講座になった.早遠これらの講座の担当教授の選考を始めたが,幸い他大学からの御協力のお蔭もあって,予想外に早くこの4月で全教授の決定をみるに至った.講座名およぴ担当教授名を挙げれば次のようである.

位相解析学講座   雨宮 一郎
幾何学講座     桂田 芳枝
函数方程式論講座  白田  平
代数学講座     東屋 五郎
函数論講座     倉持善次郎
多様体論講座    鈴木 治夫
整数論講座     都筑 俊郎

ここに最初の4講座がそれぞれ従来第1,第2,第3,第4講座と呼ばれていた講座であり,あとの3講座が実質的に新設されたものである.恐らく少なくとも国立十大学では初めてであろう女性教授である桂田教授の誕生は特筆に値することと思う.助教授は現在位相解析学講座の伊藤隆司,代数学講座の宮下庸一の二名である.他の講座の助教授は物色中であるが,助教授の適任者と思われる方を諸大学から御推薦頂けるようこの紙上を借りてお願いしたい.

7講座の改組が実現してみると,これだけでは未だ教室の充実に不十分であり,少なくともさらに3講座が新設されねばならないと感じられる.特に確率統計学ともいうべき講座の新設を強く要求していきたいと思っている.この講座はもともと今回の改組拡充計画に含ませて申請していたのであるが,この講座のみ が削られたことは誠に心外なことであった.この講座の実現までは従来通り今後も毎年全国からこの方面の権威に非常助講師として講義を願いしなければならないので,何卒宜しく.もっとも専門家に伺ったところでは,確率論と統計学との違いはちょうど解析学と代数学との違いと同程度だとの由なので,確率と統計の2講座を別々に要求すべきかも知れない.

北海道大学はいわゆる横割り制をとっている.学生は入学時には理類,文類および医類に大きくわけられ,教養課程を1年半経てはじめて専門科目が決められ,各学部へ移行するわけであるが,このため数学科にも定員一杯の学生が割り当てられ,その中に必ずしも数学をやりたくない学生がまじることは困った間題である.この度の講座増にともなって従来の定員20名が40名に倍増されたが,この機会にこの問題を少しでも合理的に改良したいと思っている.他方,最近では非常に有望な学生の数も増えてきた.彼等は大学院に進み,すばらしい馬力で独自の研究を進めつつあり,頼もしい限りである.今回の定員倍増が,さらにこのようにすぐれた学生の数の倍増をもたらすならば幸いである.

北海道の夏は快適である.この夏期の涼しさという財産を全国の数学者が利用されることを望む.例えば,数学の夏期集会はほとんど札幌およびその近郊(あるいは信州の高原)で行なうということをおすすめしたい.しかもかなり長期間にわたる集会がよい.問題は本州との距離が大であることと,会場の不足である.しかし(運賃は少々高いが)ジェット機で東京,札幌間はバス時間をこめ2時間余である.会場の問題を解決する一方法として,札幌に基礎数学研究所というようなものを設置できれば望ましい.このような案の実現にも全国からの御考慮を頂きたく思っている.(東屋五郎)