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長谷部研究室を志望する方へ
私の研究室に来るほとんどの方には確率論を学んでもらうことになります.自習したい方のために,勉強方法の例を説明します.ただし基礎から順番に進むだけでなく,時には背伸びして進んだ話題に触れて目標を作り,モチベーションを高めるのもよい方法だと思います.
基本編
確率論の基礎を学んでいく道筋の例と推薦図書を示します.ちなみに洋書については著者が原稿をホームページで無料公開している場合があるので,インターネットで検索してみると良いでしょう.
- まず「確率・統計」を学び,離散・連続値の確率変数,期待値,分散,条件付き確率などの概念を理解する必要があります.
- 確率・統計を学んだ後に確率論の面白さを知るのに適したトピックとして「マルコフ連鎖」と「ランダムウォーク」があります.級数の理論や線形代数が必要になることがあります.ルベーグ積分論を知っているとより理解が深まります.
- 入門編: R.B. シナジ「マルコフ連鎖から格子確率モデルへ」(今野紀雄・林俊一 訳)
- 入門用に私が書いた記事: 「マルコフ連鎖と定常分布」,数理科学,2024年8月号,No. 734,サイエンス社. 出版前の原稿
- 上級編: Levin, Peres and Wilmer, "Markov Chains and Mixing Times"
- 確率論を本格的に学ぶためには解析学の「ルベーグ積分論」をきっちりと学ぶ必要があります.
- ルベーグ積分論を学んだ後は,本格的に確率論を学ぶことができます.
発展編
基本がある程度身に付いたら,色々な方向性が考えられます.幾つかの例を示します.
- 確率過程 (特にブラウン運動),確率微分方程式,伊藤積分の理論.このあたりになると独習で証明を完全に理解するのは不可能ではないかと思います.証明の細部は省略されることが多く,読者が補間することを要求されるからです(そうしないと本が厚くなり過ぎるというのが主たる理由だと思います).確率過程は統計物理や量子物理などと密接に関わっているので,これらの分野も合わせて勉強すると良いでしょう.幾つか推薦図書を挙げます.
- Hui-Hsiung Kuo, "Introduction to Stochastic Integration"
- 船木直久「確率微分方程式」
- Ken-iti Sato, "Levy Processes and Infinitely Divisible Distributions" 日本語版: 佐藤健一「加法過程」
- ランダムグラフ・ランダム行列.グラフをランダムに与えたらどのような現象が起こるかを調べる分野です.例えば連結成分の個数の期待値を求めたり,あるいは最も大きい連結成分のサイズを調べたりします.ランダム行列というのはランダムグラフとも密接に関わりますが,ランダムに与えた行列の性質を調べます.基本的な問題は固有値の研究です.
- R. デュレット「ランダムグラフダイナミクス」(竹居正登・井出勇介・今野紀雄 訳)
- van der Hofstad, "Random graphs and complex networks"
- G.W. Anderson, A. Guionnet and O. Zeitouni, "An introduction to random matrices"
- 非可換確率論(量子確率論)あるいは自由確率論.私の専門分野です.量子物理学の理論は「確率」概念を避けて通れないように構成されていて,また普通の確率論では不十分であることも分かっています(Bellの不等式).その数学的な基礎のことを非可換確率論と言います.物理から離れて,純粋数学としての研究も盛んです.
- Alexandru Nica and Roland Speicher, "Lectures on the combinatorics of free probability"
- 明出伊類似・尾畑伸明「量子確率論の基礎」
最近は数え上げ組合せ論も研究しています.簡単に言うと,色々な有限集合の要素の個数を数える分野です.奥の深い分野です.例えばm個の要素を持つ集合Aとn個の要素を持つ集合Bを考えたときに,AからBへの全射はいくつあるでしょうか? もちろんmはn以上とします.数え上げ組合せ論と合わせてグラフ理論も勉強することをお勧めします.推薦書を挙げておきます.
- 分かりやすく楽しい本: 枡田幹也・福川由貴子「格子から見える数学」
- 上の本の上級編: M. ベック,S. ロビンス「離散体積計算による組合せ数学入門」(岡本吉央 訳)
- R.J. ウィルソン「グラフ理論入門」(西関隆夫・西関裕子 訳)