数列と力学系

時間によって変化する量、数列、力学系

時間の経過によって変化する量、例えば気温や室温、粒子の位置や速度などを同じ時間間隔で観測し、観測を始めた時刻を$0$としてその観測結果を$x_0$, $x_1$, $\dots$, $x_n$,$\dots$ と表すことにする。これは数列になっていて、数列の性質が推測できれば数学的な性質として観測量の性質を特徴づけることができる。

集合の記号を使い、有限の長さの数列を$\{x_n\}_{n=0}^N$, 無限個の数列を $\{x_n\}_{n=0}^\infty$と書くことにしよう。 数列が漸化式から定まるならば、漸化式を定める関数を$f(x)$として $x_{n+1}=f(x_n)$ と書くことができる。

漸化式を与え、初期値$x$から定まる数列を解析する手法を力学系と呼ぶこ とにする。一般に、このような数列の一般項を知ることは難しい。数列の一 般項を知ることなく、その性質を調べることにする。このとき、漸化式$x_{n+1}=f(x_n)$を力学系、それの定める数列 $\{x_n\}_{n=0}^\infty$を力学系の軌道とよぶことにする。

簡単な数列

等比数列$x_n=r^n x_0$または$x_{n+1}=r x_n$はやさしいけれども基本的であ る。$|r|<1$であれば$x_n$は$n\to\infty$で$0$に収束し、$|r|\ge 1$であれ ば振動または発散する。

1次式$f(x)=rx+c$による漸化式$x_{n+1}=rx_n+c$を考えると、等比数列およ び等差数列を含んでいる。 $a=ra+c$を満たす$a$をとって、漸化式と辺ごとに引くと $x_{n+1}-a=r(x_n-a)$ であり、一般項は$x_n=r^n(x_0-a)+a$となる。 $|r|<1$であれば$a$に収束し、そうでなければ振動または発散する。

このように、1次式から定まる漸化式の決める力学系の軌道は簡単に特徴づけ られる。

さて、以下では漸化式と呼ぶかわりに力学系と呼び、数列と呼ぶかわりに力学 系の軌道とよぶことにする。

不動点と安定性

2次関数で定まる数列

1次関数で定まる力学系は簡単だった。漸化式$x_{n+1}=f(x_n)$を $f(x)=ax(1-x)$によって力学系を定めることにする。$a$は $0\le a\le 4$とする定数である。

極端な場合を考えて$a=0$とする。どんな$x_0$をとってきても $x_1=x_2=\cdots=x_n=\cdots=0$である。

次に$a$を少し大きくとる。図形的に$x_n$を追うと、$0\lt x_0 \lt 1$と いう範囲では \[ x_0 \gt x_1 \gt \cdots \gt x_n \gt \cdots \gt 0\] となっていそうである。この軌道の挙動を考えるために、不動点と周期点とい う概念を導入する。

不動点

初期値$x_0$を$x_0=f(x_0)$となる値からとると、各nについて$x_n=x_0$であ る。$f$の作用によって動かないから不動点という。

$f(x)=ax(1-x)$から定まる力学系の不動点は、方程式$f(x)=x$、つまり $ax(1-x)=x$を解くことで得られる。$x=0$と$x=1-1/a$である。後者を$\bar x$と書くことにする。

不動点の安定性

不動点$x=\bar x$の近くに初期値$x_0$をとったとき、軌道が不動点$\bar x$ に収束するならば不動点$\bar x$は安定という。厳密には、$\bar x$を含む開 集合$U$が存在し、$U$の任意の点$x$について$x$の軌道が$\bar x$に収束する ときに$\bar x$を安定な不動点という。また、不動点$\bar x$が安定で ないとき(軌道が遠ざかるとき)不安定という。

$f(x)=ax(1-x)$の不動点$x=0$は$0\le a\le 1$の範囲で安定である。$1\lt a\le 3$では$\bar x=1-1/a$が安定になる。

安定性の判定

不動点$\bar x$の安定性は$|f'(\bar x)|$で判定する。$|f'(\bar x)|\lt 1$であれ ば安定である。

周期点

不動点と周期点

初期値$x_0$を$x_0=f(f(x_0))$となる値からとると、もちろんnについて $x_2=x_0$, $x_4=x_0$などから$x_{2k}=x_0$となることがわかる。行って戻る 値だから、あるいは$f^2(x)$に関する不動点だから、2-不動点とよぶ。ここで、 $f^2(x)$とは合成関数$f(f(x))$のことである。

一般に、$f^n(x)=x$をみたす点$x$をn-不動点とよぶ。また、$f^n(x)=x$かつ $f^k(x)\ne x$, $(1\le k\lt n)$となる$x$をn-周期点とよぶ。n-不動点やn- 周期点の集合を決めることは力学系の性質を考える上で重要である。

例えば、$1,-1,1,-1,1,-1,\dots$と続く等比-1の等比数列は2-不動点かつ2-周 期点となる数列である。不動点を調べるだけではなく周期点を調べることで力 学系の性質を詳しく知ることができる。

$f(x)=ax(1-x)$から定まる力学系について、2-周期点を計算しよう。 $f^2(x)=f(f(x))=a(ax(1-x))(1-ax(1-x))$である。これをうまく整理しなければなら ない。$a(ax(1-x))(1-ax(1-x))=x$から、$x\ne 0$として $a^2(1-x)(1-ax(1-x))-1=0$となる。左辺が$x-(1-1/a)$を因数に持つはずだか ら、これを手がかりに因数分解する。

周期点の安定性の判定

n-周期点 $\bar x$について、微分係数が$|(f^n)'(\bar x)|\lt 1$を満たせば 安定である。

リアプノフ指数と周期点の安定性

軌道のリアプノフ指数

$x$を初期値とする軌道のリアプノフ指数を次で定義する。ただし、右辺の 極限値が存在するものとする。 $$\lambda(x)=\lim_{n\to\infty}\frac{1}{n}\log |(f^n)'(x)|=\lim_{n\to\infty}\frac{1}{n}\sum_{k=0}^{n-1}\log|f'(f^k(x))|$$  この定義から、周期点、不動点のリアプノフ指数を与えることができる。
不動点$\bar x$のリアプノフ指数
$\log|f'(\bar x)|$
n-周期点$\bar x$のリアプノフ指数
$\frac{1}{n}\log|(f^n)'(\bar x)|=\frac{1}{n}\sum_{k=0}^{n-1}\log|f'(f^k(\bar x))|$
どんな初期値をとっても軌道のリアプノフ指数が正である場合、力学系をカ オス的とよぶことにする。初期値$x$の近くから$x'$をとり、それぞれの軌 道の離れ方がリアプノフ指数によって次のように評価される。 \[ |f^n(x)-f^n(x')| \sim e^{n\lambda(x)}\] 軌道が指数関数的に離れることを示している。

参考図書

興味を持った場合の参考文献をいくつか挙げておく。
  • 森真、水谷正大『入門力学系』(東京図書)
  • 小室元政『基礎からの力学系 分岐解析からカオス的遍歴へ (SGC BOOKS)』(サイエンス社)
  • J.A.York他、津田一郎監訳『カオス 第1巻』(丸善出版)
  • R.L.Devaney、国府他訳『新訂版 カオス力学系入門 第2版』(共立出版)