「非線形解析学のすすめ」小薗英雄さん(1981年修了)

東北大学大学院理学研究科数学専攻教授
(執筆時の所属:名古屋大学工学部)

私たちはこれまでにない,一人一人が大きな可能性に満ちた時代に生きています。人類は手足の延長として,多くの道具を作り,動力機械を発明しました。私の家の近くにある名古屋城は立派な城壁で知られています。江戸時代,加藤清正により石切り部隊が形成され,多くの人足が召集されました。現在その何倍もの規模の建築物が短期間で建設されることは,工業技術が多くの人々を,動力の奴隷から解放したことを意味します。

技術の発展に欠くことのできない科学は,近代数学の場合,ガウスによって多くの基礎が築かれました。理論流体力学も同様で,私のようなちっぽけな数学者が今更何を研究するんだ?という疑問はいつもつきまといます。ところが,こんな私でも一つだけガウスに勝てることがあります。それはコンピューターによる計算です。ガウスの時代にできなかった大規模計算は,現在では計算機の飛躍的な高速化技術により瞬時に実行されます。コンピューターを用いた数値シミュレーションは計算物理学という,実験に代わる新しい物理学のジャンルを創造し,その手法は理工学全体に広く用いられています。ほんの少し前までは,大型計算機のあるごく一部の研究機関に独占されていたこの学問分野は,今日では,汎用計算機 (ワークステーション) の普及により,大学の一学科,さらには一講座に解放され,多くの研究者が目覚ましい成果を発表しています。

人工知能という言葉に象徴されるように,まさに,現代は脳の延長としてコンピューターが存在する時代と言えるでしょう。この計算機による物理工学でのアプローチは数学内部にも多くの変化をもたらせています。例えば,力オス,フラクタル等は計算機によって生み出された数理学の概念です。そこには非線形微分方程式を中心とした新しい数学の分野“非線形解析学”の誕生を見ることができます。私は,流体力学に現れる非線形運動方程式を数理解析学の立場から考察し,物理実験,数値シミュレーションの結果と比較し,現象を予測しています。さらに,工学の諸分野での膨大なデータから共通する数理構造を抽出して,非線形解析学の新しい概念の導出を目指しています。北大数学教室にはこの分野の先端的研究者が多く,私も恵まれた自然環境の中,多くのことを学ぶことができました。その基礎は現在の研究にも影響を与え,折に触れ母校を訪れています。